「座長頑張る日」のこと1 優伎座 市川英儒座長の川北長次(遊侠三代)
「祭り」ではなく「頑張る日」
大衆演劇は基本1ヶ月興行で、毎日異なるお芝居や舞踊ショーが上演されます。
演目の予定表には、通い心を刺激する誘い文句がいっぱい。
「特選狂言」「新作ショー」「関西初お目見え」などなど。
中でも、よく見かけるのは「○○祭り」というイベント。
○○には役者名が入り、その人がメインになって、お芝居の主役をしたり、舞踊の芯を務めたりする日で、ファンにとっては外せないイベントです。
優伎座の市川英儒座長は、自身が主になる日を「祭り」ではなく「頑張る日」とか「いっぱい出る日」というような言い方をされています。
「頑張る日」という表現を使ったのは、英儒座長が最初ではないかな。
市川英儒座長の「頑張る日」は「捧げる日」と言う方がしっくりくると思っていて、
「座長が舞台に魂を捧げる日」
密かにそう呼んだりしています。
(もちろん毎日そうですがさらに強くという意味で)
お芝居「遊侠三代」
2023年7月、優伎座の羅い舞座京橋劇場公演では「座長頑張る日」が3回。
予定表が出るたびにチェックし、スケジュール調整しておりました。
7月26日「座長頑張る日ファイナル」のお芝居は「遊侠三代」。
なんと「お芝居も撮影OK」のアナウンスが。
嬉しさのあまり、声にならない声を上げてしまいました。
さらには「人斬り」役が、市川市二郎さん!
またまた声にならない叫び〜
「遊侠三代」は、川北長次という売り出し中の侠客と、生き別れの父(または兄)との数奇な運命を描いた物語。
大衆演劇の定番のお芝居で、劇団ごとに展開や演じ方が異なります。
父と息子、兄と弟。
大衆演劇では実の親子や兄弟、師匠と弟子(芸道の親子)で演じられることが多いので、実際の関係と重なって、迫るものがあります。
市川英儒座長が川北長次で、実兄である市川市二郎さんが人斬り(長次の父)。
「ずっと一緒にやってきたから、兄がどう出てくるか、どうしたいのかわかる」
座長が舞台口上で言われていた通り、合わせ稽古をしなくても、舞台の二人はまるで吸い付くように、刀と刀が引き寄せ合ったり、一寸の間合いもズレることなく重なるところは、鳥肌が立ちました。
少年のような川北長次
ややネタバレになるのをお許しいただき…
市川英儒座長の川北長次は、いっぱしの侠客なのだけど、どこか幼さがあるように見えました。
町衆からも慕われる気鋭の親分。献身的な子分を従えて、茶店での振る舞いや、野宿者への声かけなど、言動も立派です。
華も実もある侠客として、理想的な振る舞いをすればするほど、ふとした瞬間、孤独な少年の顔が覗く…
それが、大詰めで、押し殺してきた本当の長次の姿ーー "親にはぐれて傷ついた少年"が、人斬りとの決闘で、一気に放たれてしまうのです。
長次の慟哭に、胸が掻きむしられました。
憑依型の役者
「自分はお芝居下手なんです」と座長。
「えー!?」とざわつく客席。
「いえ、本当です。下手だから、役になりきるしかないんです。兄からも『お前は憑依型だ』と言われました。それでやっていったらいいと…」
この話に、めちゃめちゃ納得というか、これまで感じてきたことの答えが詰まっていて、ものすごく嬉しくなりました。
英儒座長演じる川北長次が、人斬りにすがりついて言うセリフは、これまで観たどの「遊侠三代」とも違っていた。
あの立派な親分が、完全に「子供」になって、泣きじゃくる。
川北長次が憑依しているからこそ出てくる、父に伝えたかった言葉の数々。
その生々しさに、揺さぶれました。
「芝居上手くないから、役になりきるしかない」
それはブレーキの効かない自動車に乗っているようなものとも思う。
心身ともに負担がかかる。
憑依とは、自分の身を捧げること。。
「座長頑張る日」は、「捧げる日」と思って間違いなかった。
心に紡がれたことば
先日、Twitter(今はXですね^^;)でこんなツイートを見つけました。
詩はうまく書こうとしてはならない。ほんとうのことを書かねばならないからだ。事実とは異なる真実を描かねばならないからだ。流暢に語られた告白は、聞く者を驚かせるかもしれない。しかし、それで人生を変える人はいないだろう。いっぽう、言葉に詰まるような告白は、他者の魂にさえも火を灯す。
— 若松 英輔 (@yomutokaku) 2023年7月28日
このツイートを読んで、すぐに思い出したのは、役者・市川英儒、その人でした。
憑依されて溢れる言葉は、天から降ってくるものではなく、英儒座長のこれまでの人生の中で紡がれ、磨かれた、心の中に詰まっている言葉。
飾らない、まっすぐな叫びにも似た言葉、
弱きものをいたわる言葉、
もう会えない人への祈りの言葉。
お芝居で座長が発する言葉の数々に、惹かれてやみません。
「座長頑張る日」
次回は舞踊について、改めて書きたいと思いますーー
*写真は全て市川英儒座長の許可をいただき掲載させてもらっています。